どうしようもない

好きな作家が原作の映画を見て、運動もして

それから好きな人たちとおしゃべりをする午後を過ごした翌日でも

その日が特別忙しいわけではなくて晴れの日でも

どうしようもなく、うつむいて過ごしてしまうということはある

好きな歌人がテレビに出ていた

歌人としてのそのひと以上を求めて、この人に愛されたいと

そう思うのは、自分の価値を信じられなくなっているから

だけど他人に愛されることで得られる価値はそう長続きしないと

よくわかっている

親、友達が、仕事があるなら、恋人がいてくれたら、夫を得たら、子を持てば。

どこまでいっても。どこまでいっても。

開いて、閉じる

存在すら忘れていた部屋の扉が突然開いて

懐かしいあれこれが飛び出してきて

ひととおり懐かしんで、昔の宝物を嬉しく撫でて

そしてどうしてこの部屋を閉じたのか思い出して

とてもかなしくなって

開けなければよかったのに

だけどもう一度出会えてうれしかったのは本当です

 

手を

盛者必衰な映画を見た翌日、なんだかお金を使いすぎてしまった翌日の今日。

どうしてか胸がざわざわする。

きっと映画のせいだ。それから雨のせい。

 

良い映画だった。音、歌。そして友達。夢。憎しみ。

それらを軽々と超えて転んで、もういちど、つなぐ。

きみがいれば。そんな話。

 

いい映画を見たとき

いい漫画に出会ったとき

いい絵を発見したとき

面白い話を聞いたとき

かなしいひどい出来事を見たとき

 

思い出すよ

きみ、を。

好きそうなことだと思ったり

口汚くののしりそうだと思ったり

きっとめちゃくちゃに泣くんだろうなと思ったり

きみもそうだろうか。

それともとっくに忘れ去ったろうか

 

いっしょに生きるのはもう無理だった

でも時々、手をつないで公園を歩くくらいはしたいよ

 

 

 

選ぶ

自分が死ぬ時のことを時々考える

痛い死に方だろうか、苦しい死に方だろうか

ひとりで居るのだろうか

 

私には子供がいないので、そして夫もいないので、ひとりである可能性は高い

だけども親の死に目にすべての子供が会える保証はないので

そして夫が自分より長生きである保証もないので

じゃあ結婚したほうがいいとか子供をつくらなかったことを後悔とか

そんなんじゃあない。

 

ただ、自分でコントロールできないことの代表格であるのが”死”だから

今現在ほとんどのことを自分の意思だけで決めているわたしはそれが怖い

それだから時々、自分で決めたくてたまらなくなってしまうんだ

 

だからそれを選んだとしても、

絶望だけが理由じゃない

生きてきた喜びがなくなるわけじゃない

 

 

 

あなた

街の文房具屋で、「いっこだけ買ってあげる」と言われて

一生懸命、青とピンクの定規を見比べている女の子がいた。

 

彼女はお店の窓際まで行って、太陽の光で定規を照らして目を凝らして

「決められない」

とつぶやいた。そして

「双子だったらよかったのに」

と、続けた。

 

母親は静かに

「双子でも自分のはいっこだよ」

と答えてた。

 

そう、双子でもひとりひとりだよ。

あなたは唯一のひとりだよ。

でもそうだね。ふたごだったら、よかったね。